「えんだより」というのは、月に一度
教師から保護者に向けて書かれるお手紙です。
子ども達の保育室での様子を知るなどができる、とてもいい機会になっています。

~えんせいかつより~

秋風を待ちつつ落ち着いた園生活を過ごす季節です。夏休み最後の日々にプールあそびで子ども達と再会しました。”危険なほど”暑い夏でしたが、子ども達は皆元気で暑さを糧としたかのようにひとまわり大きく成長していましたね。

家庭よりもダイナミックな水あそびができるようにと2つのプールを用意しました。浅いプールでお星様とお月様が、深めの大きいプールでお陽様が楽しめるようにと。そして3日目に小さい子ども達が自分達の希望で大きい方へとチャレンジした時には、お陽様は浅いプールでちゃぽちゃぽ浸かって過ごしていました。

水の中で子どもは特別なよろこびに浸されます。この年齢ではもう水の抵抗を楽しいと感じ手足で水しぶきを作り出します。もぐっては息遣いを調整し、圧迫された鼓膜は水中の不思議な音を聞き取り、目は水中の景色を感じとります。浅めであれば両手で底を辿りつつからだは軽く浮き魚のように前進できます。

すべては自然に体得され意識されることはなくても引力から解放された水の中の世界はいつもと全く違った体験です。陸で、そして水の中で7才までの子どもはさまざまにからだを楽しく動かすことを通して”自由を”感じ、よろこびをもって自分を発見してゆきます。

頭ではなく手足で探索し、手足で考え、体に英知が宿ります。その英知は思考力の芽となります。子ども達の手足やからだが世界に触れ、世界と結びつき、”自分”を発見してゆきとき、その体験が純粋で力強いものとなるのに必要なことは、”道具”を極力与えないで大人が素朴さを守ってあげることだと感じています。

水中眼鏡も足ビレもシュノーケルも早すぎます。波打ち際でも”身ひとつ”が一番豊かな体験です。虫かごも虫取り網も早すぎます。ゆっくりそっと静かに近づいて一緒に眺める時間、近づきすぎて飛び立たれてしまう時の小さな驚きが豊かです。消費分化は、子どもを育てることには全く心を注いでいません。

7才までは特別の時間です。子どもが世界との素朴な結びつきを得てゆくとき、自然は親しく子どもにほほ笑みかけます。すべてのものへの感謝の心と人生を豊かに導く道徳性の基礎は幼児期に、大人の配慮のなかで育ちます。

梶村蹊子